我が国は超高齢社会、すなわち65歳以上の人口の割合が全人口の21%を占める社会を迎えましたが、糖尿病患者さんの平均年齢も上昇の一途を辿り、病態管理については今までのような一律の基準では対応が難しくなってきました。そのため、日本糖尿病学会と日本老年医学会の合同委員会により「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)」が策定されました。多くの場合、疾患の管理目標値は「●●未満」などと上限が設定されますが、今回の血糖コントロール目標には「下限は●●」と下限値が設定されていることが特徴です。では、なぜ下限値が必要なのでしょうか。
ご高齢の糖尿病患者さんは通常、低血糖時に自覚する動悸、冷汗、手の震え等の警告症状といわれる交感神経刺激症状が出現しにくく、眩暈、脱力感、意欲低下に加え、何となくふらつく等の非典型的な症状を呈する事が多いことが知れられています。このため、自身はもとより周囲の家族や介護者が低血糖症状だと認識できずに症状が進行し、意識障害等をきたす危険性があるのです。低血糖の頻度は加齢とともに増加し、80歳以上で最大になります。軽症低血糖は認知機能や生活の質を低下させるばかりでなく、重症低血糖では心血管疾患や死亡のリスクになる事が知られています。さらに低血糖は転倒・骨折の危険因子でもあります。60歳以上の高齢者211人を対象とした1年間における転倒に関連した因子について調査した結果では、糖尿病患者の転倒率は健常者の2倍であり、糖尿病患者では低血糖の頻度が増すほど転倒発生率が増加していました。高齢者における転倒・骨折は施設入所や死亡と強く関連しており、低血糖は寝たきり状態への引き金ともなっています。
したがって糖尿病において血糖値は下げれば良い、という事ではないのです。糖尿病に起因した網膜症、腎症、神経障害ほか、様々な合併症の発症を予防すべく厳格に血糖コントロールを図る事は大切ですが、低血糖を抑制する事が大前提なのです。
糖尿病治療中のご高齢者の方々で最近、頭がくらくら、体がふらふらする、目がかすむ、やる気が出ない等の症状が散発しているようでしたら、一度糖尿病専門医へ相談されることをお勧めします。